徳川家康は、輪郭式で石垣を廻らせた三重の堀を持ち本丸の北西には5層7階の勇壮な天守を配置した城を全国の大名に命じて築城させた。

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明治時代になると、歩兵34連隊の誘致に伴い本丸堀は埋められ三ノ丸は官庁や学校などの公共用地となり、戦後、本丸、二ノ丸部分は駿府公園として整備され巽櫓、東御門の復元がされた。

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駿府城跡は駿府公園として市民の憩いの場となっている。

駿府城略図