矢掛宿は山陽道の十八番目の宿場町として栄え産業、交通、文化の中心地として発展した。
矢掛宿には全国唯一の本陣(石井家)脇本陣(高草家)が共に国指定重要文化財として旧姿を残している。

本陣 御成門

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玄関

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玄関から帳場、広間、三の間、二の間、次の間(御次席)と続き一段高い部屋が上段の間で大名や公卿の休泊した部屋である。
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奥が上段の間

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石井家の元祖は毛利元清の家臣石井刑部左衛門秀勝で、その三子喜元が元和6年に古市から移転したと伝えられる。
1687年代、石井治郎右衛門のころ、大庄屋役を勤め佐渡屋と号し酒造りも行い近世初期以来矢掛筆頭の豪商であった。

脇本陣(高草家)

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