この街道筋の龍田は、浪速・奈良・伊勢・当麻への分岐点として、龍田神社を中心に商家・旅籠が軒を並べ、西和地方の商業の中心地でした。

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街道筋の龍田は、郡山に次ぐ宿場町として栄え、その賑わいは、「龍田宮前はかいでもきれいな宿屋の女がスソではく」とまで歌われ、当時の繁栄ぶりがうかがえます。
当麻街道は信仰の道として、法隆寺と当麻寺を結んでいました。当麻からは法隆寺参りの道と呼ばれ、法隆寺からは当麻参りの道と呼ばれていました。

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